はじめてのインド旅行で人生観は変わるのか!?(3日目)
12月24日(月)クリスマスイブ
インド旅行も3日目です。
日の出ボートツアー
朝6時、前日申し込んだガンジス川日の出ボートツアーに参加するため、宿のロビーで
待っていました。
参加料金は250ルピーでした。
参加者は私を含めて3名でした。
私以外の日本人2名も昨日バラナシに来たそうです。
参加者が4名以上になると参加料が1人200ルピーと安くなります。
残念ながら1名足りませんでした。
3名揃ったのでサンタナのボートドライバーのトクナガさんがボート乗り場まで案内し
てくれました。
まだ辺りは暗かったので、携帯電話のライトをつけて足下を照らしながら、牛のフンを
踏まないように歩きました。
有名な「久美子の家」の脇を通り、ガンジス川に出ました。
そしてトクナガさんの漕ぐボートに乗りました。
最初に、北に向かいマニカルニカガート(火葬場)の近くまで行きました。
この距離からなら写真は撮っていいと言われました。
炎が上がっていました。こんな早朝でも火葬は行われているのかと思いました。
24時間行われているそうです。
そこからボートは引き返しました。
そろそろ日の出です。
ガンジス川から見る日の出綺麗でした。
普段日の出なんて見ることはありません。
いつぶりの日の出だろうという話になりました。
私が「カンボジアのアンコールワットで見た日の出以来かも。」と言うともう一人の青
年が「俺もそれ以来かな。」と言いました。
みんな同じような所に行って、同じような事をしているのだと感じました。
トクミツさんが「鳥に、エサあげたい?」
と聞いたので
青年「あげたい。」
と言い、トクミツさんがエサ売りの少年を呼んでくれました。
一袋10ルピーで小袋に入っていました。料金によって量が決まっているようです。
ベビースターを太くしたようなスナックみたいなエサです。
トクミツさん「おーっ。おーーっ。」
と叫んで、エサをばら撒くと、鳥が寄ってきます。
カモメみたいな鳥です。
私も少しエサを分けてもらい、ばら撒かせてもらいました。
面白かったです。
そして、ボートツアーは大成功で終わりました。
宿に帰ってきたのは7時半くらいでした。
朝飯は8時半からだったのでもう少しゆっくりする事にしました。
サンタナの朝食
トースト3枚。
野菜スープ
チャイ(ミルクティー)
どれも美味しかったです。
おかわりはできませんでした。
長期滞在している青年は蜂蜜をパンにかけて食べていて羨ましかったです。
ガンジス川見学
午前はボートツアーに一緒に行った青年が私を誘ってくれたので、一緒にガンジス川沿
いに南の火葬場(ハリスチャンドラガート )を見に行くことにしました。
ガンジス川のガードを南へ南へ進みました。
火葬場に気づかず一番南のアッシーガートまで行ってしまいました。
随分遠くまで来てしまいました。
そして、ハリスチャンドラガートを発見しました。
先程は、ヤギに気をとられていてスルーしてしまったのでした。
そこで、1時間ほど火葬場を見学しました。
次から次とご遺体が運ばれてきては、火葬されていきます。
初めて人が焼かれるとこをみて、それは衝撃でした。
マニカルニカガートのよりは少し規模が小さかったです。
そして、勝手にガイドしてくるような人もいず、その点はマニカルニカガートよりもゆ
っくり火葬を見て、考えることができます。
写真は遺族に失礼になるといけないので撮りませんでした。
ブルーラッシー
インドの飲み物でラッシーというものがあります。
飲むヨーグルトみたいな冷たいシェイクみたいな飲み物です。
喉も乾いてきたのでラッシィーを飲みに行くことにしました。
バラナシで結構有名なラッシー屋で「ブルーラッシー」というお店があるらしいので
そこに行くことにしました。
場所はマニカルニカガートの近くです。
その青年がスマホ片手に案内してくらました。
勝手にガイドしてくるインド人をかわしながらお店に着きました。
店内は狭く私たちの前に4名はどラッシーが出来上がるのを待っていたお客さんがいましたが、5分も待たずに注文したプレーンラッシーが提供されました。
作るところを見ていると、道路に面した外向きの簡易的な厨房みたいなところで作っています。すぐ脇を牛やバイクが通り過ぎ衛生面は心配だなぁというような環境です。
なので、口に入れるのをためらっていました。
しかし、一緒にいた青年が
「うまっ!」
というので、私もつられるように口に入れると、思わず
「うまっ。」
と言葉が出てしまいました。
それぐらい美味しかったです。
メグカフェ
ラッシーを飲み終えるとそこから昼食を食べに行くことにしました。
昼食に選んだ店は「メグカフェ」という店です。
日本人のメグさんという方がやっているお店だそうです。
ブルーラッシーさんからは割と近かったです。
メグさんはとても感じの良いおかみさんでした。
唐揚げ定食を食べました。
付け合わせの酢の物が美味しかったです。
一緒に行った青年は生姜焼き丼を食べていました。
隣のテーブルの韓国人グループは、いろいろ食べていました。
そこから宿に帰って昼寝をしました。
インドカレー2回目
昼寝から起きるともう夕方だったので、晩飯を食べて夜、ガンジス川で毎晩行われているというプジャーというお祈りを見に行くことにしました。
晩飯の前に、宿の近くでラッシーを飲みました。
ラッシーにハマってしまいました。
ここのラッシーは30ルピーでした。美味しかったです。
カレー屋さんはまたムケさんに教えてもらいました。
この日はケシャリというカレー屋さんに行きました。
またセットみたいなものを食べました。
ちょっとナンみたいなのが脂っぽかったですが美味しかったです。
サービスでアイスクリームを出してくれました。
お勘定が終わると、「アイスクリームを出したんだからチップをくれ」と言われ、少しだけチップを渡しました。
プジャー
カレーを食べ終えガンジス川に向かおうとしましたが、ものすごい人です。年末のアメ横みたいに人がいっぱいいます。そこにプラス牛、リキシャ、バイクなのでかなりの混雑です。
ガンジス川に着くと、そこも人でいっぱいです。私はガートに腰をおろして、そのお祈りを見学しました。
時折、眉間に絵の具みたいな粉で赤いポッチをつけてくれる人が回ってきます。私はつけてもらいませんでした。その人たちは、お盆を持っていて
チップなのかお賽銭なのかお金をもらっていました。私も、持っていた小銭を入れてあげていたら、隣のインド人に、「1ルピーでいいんだ。」みたいなことを言われました。正確にはなんと言っていたかわかりません。確かに私は金額は意識せず、小銭が10ルピーしかなかったのでそれを置いていました。とても親切なインド人でその後も私にいろいろ教えてくれましたが、ほとんど内容はわかりませんでした。1つわかったのは、日本の安倍首相がガンジス川に来たことがあることです。スマホで画像を見せて説明してくれました。
夜も更けてきたので宿に帰りました。
絨毯購入?
プジャーからの帰り道
チャイを飲んでいると
日本語で話しかけられました。
ムシャラさんというらしいです。
お店を見て欲しいというので絨毯はあるかと聞いたら
「ある」
との返事だったので少しだけ見に行くことにしました。
なぜ絨毯かというと
猿岩石がバラナシの絨毯工場でアルバイトをした時に
最後に玄関マットレベルの大きさの絨毯をもらいました。
彼らは野宿する時それを敷いて寝ていました。
そんなものが旅の記念に持って帰れればいいなと思い探していました。
見に行くとちょうどいいサイズの絨毯が20,000円くらいで売っていました。
予算が合わなかったので、見るだけ見て帰ろうとしたら値引きをしてくれるといいます。
13,000円まで値引きをしてくれました。
せっかく値引きをしてくれたので買わないのも悪いと思い買うことにしましたが、
持ち合わせがありませんでした。
絨毯を宿まで運んでもらいがてら、お金を取りにきてもらうことにしました。
7,000円も値引きをしてもらいご機嫌で宿に向かいました。
宿の近くに行くと、ムシャラさんはここで待っているから、
絨毯を置いてきて、お金を持ってくると約束をしました。
宿に着くと、ちょうどフロントに現地のスタッフがいたので
絨毯を自慢するつもりで、話をしました。
すると、
「これで13,000円は高い。」
「多分、3,000から5,000円で買える。」
と言われてしまいました。
納得して買ったモノでしたが、そう言われてしまうと
なんか損した気分になり急に要らなくなってしまいました。
ムシャラさんには大変悪いと思ってのですが、お金を持って行かず、絨毯を返すことにしました。
理由は、カバンに入らないから飛行機で持って帰れないという適当な言い訳をしてしまいました。そもそも入る大きさではないです。
罪滅ぼしにもならないと思いましたがチップというか気持ちを500ルピー渡してお引き取りいただきました。
特にトラブルにはならなかったです。宿のスッタフさんは気をつけてと仕切りに言っていました。
本当に悪いことをしてしまったと、帰国してからも思い出します。
宿のシャワーは、調子よくお湯はでますがシャンプー、石鹸はありません。お湯で流して洗うだけです。ノーシャンプーの2日目です。髪はゴワゴワしてきています。
それは仕方ないので諦めて寝ました。
ムシャラさんには悪いことをしましたが
3日目も大成功でした。
AppleWatchで確認したらこの日は
20,212歩
15.80km
歩いていました。
4日目つづく